奈良時代からの水筒を持っている

といっても日本史の奈良時代ではなくて自分史の奈良時代だ
奈良に住んでいた2022-2023年の間を自分の中での奈良時代としている
同様に京都に住んでいた期間は京都時代、三鷹に住んでいた期間は三鷹時代とよんでいる
記憶の引き出しは時間で区切るよりも場所で区切ったほうが自然な気がする
何年何月に何をしていたかと言われてもパッと思い浮かばないけれど、この場所住んでいた時の感情はありありと想起することができる
この水筒を買ったのは奈良生活の最終日、就職のために東京へ向かう電車の待ち時間だった
就職先で無料で水が飲めることを知って感動した僕は、仕事内容などそっちのけで、これだけは準備しておかねばとあわてて購入した記憶がある
自分はモノを多く持たない主義なので奈良時代の持ち物いまほとんど手元に残っていない
写真の水筒は自分の持っている物の中ではかなり古参になってしまった
今日家族から新しい水筒をもらったのでこの水筒も今日限り
ものはなくなるけれど奈良時代の記憶はずっと色褪せずに残っている